すこんにちは、アヤベです。
今回は、大先輩の誤解を解くために奮闘した隊員のおはなしです。
海上自衛官のS3佐の奥様、Yさんは、子育てがひと段落したあと、介護のお仕事をはじめました。
S3佐とYさんは、オートバイのツーリング仲間として知り合ったのち結婚。Yさんは、アウトドアやバイクは大好きだけれど、自衛隊や軍事、歴史にはそれほど興味がない女性。そのうえ、海に面していない奈良県出身のせいか、海上自衛官である夫の仕事内容にも無関心。S3佐が航海で自宅を空けることが多いため、実家のある奈良県にお家を建てました。ご両親や幼なじみの近くで、3人の子どもと一緒に比較的自由に暮らしています。
S3佐はといいますと、「話せないこともあるから、いろいろ詮索されるのも困るけれど、全く関心がないというのも、それはそれでちょっと寂しいな……」という複雑な思いを抱えていました。
ある日の夕方のこと。
休暇中のS3佐が自宅でひとり洗濯物を畳んでいると(これまでおはなししてきたように、マメなタイプの自衛官は家事もできるのです)、Yさんが介護のお仕事から帰ってきました。ちょっと機嫌が悪そうなYさんに「何かあったの~?」と声をかけたところ――
「あなたの先輩、何なのよ? ほんと品が悪いわね!」
いきなり怒られるS3佐。
聞くと、入居者の中に元帝国海軍の軍人だったというおじいちゃんが2人いて、彼らの話す内容が下品で不愉快だとのこと。S3佐は内心で「別に、俺の直接の先輩じゃないんだけど……」と思いながらも、妻の怒りを鎮めるために、まずは話を聞くことにしました。
「『横チン』とか『させチン』とか『くれチン』の話ばっかりしてるのよ。今日は『舞チン』って言ってたわよ。あなたたち、船でいったいどんなことしてるの? 汚いもの振り回して……」
Yさんの軽蔑の視線に、S3佐は「ちょっとまってくれ! それは誤解だ!」と、洗濯物を放り投げて反論をはじめました。
このおじいちゃん2人の話す、横チン、させチン、くれチン、そして舞チンとは、旧海軍の軍人さんにとってはキチンと意味がある、大切なことばなのです。
字面でピンときた方もいらっしゃるかもしれませんが、
横→横須賀
させ→佐世保
くれ→呉
舞→舞鶴
なんです。そして『チン』とは『鎮守府』のこと。
鎮守府というのは、所轄海軍区の防備、所属艦艇の統率・補給・出動準備、兵員の徴募や訓練、施政の運営・監督にあたった機関。つまり当時を過ごした帝国海軍の軍人にとっては、青春の象徴。
お昼ごはんを食べたかどうかを忘れ、ときには娘や孫の顔も忘れてしまうことがあっても、ここだけは絶対に忘れない、大切な場所なんです。
珍しく熱く語るS3佐に驚いたYさん、他の介護職員もこの件に関して間違った認識をしていることを思いだし、翌日必ず誤解を解くことを約束しました。
顔も知らないおじいちゃん2人ですが、先輩の名誉を回復することができて、ほっとひと安心――したのもつかの間。さきほど、妻に「汚いもの振り回して……」と言われたことに気がついて、「俺の名誉は……?」と、ひとり深く傷つくS3佐なのでありました。
自衛隊に限りませんが、お仕事には独特の方言や専門用語がありますよね。隊員同士でも知らない用語があって驚くことも。そして、ことばってどんどん変化していきます。たとえば、自衛隊の窓口である地方連絡本部、通称「地本(チホン)」は、ちょっと前まで地方連絡所、通称「地連(チレン)」だったのに、いつのまにか変わっていてビックリしました。「女性自衛官」だって、アヤベが入隊したときは「婦人自衛官」だったなあ。
誤解されやすい自衛隊専門用語についても、いつかおはなししてみたいですね。
イラスト:モノ
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