こんにちは、アヤベです。
日本人なら大好きなお風呂。世界の軍事装備品に、野外で利用できるシャワー設備はあれど、「野外入浴セット」と呼ばれる展開式の移動浴槽を持っているのは日本の陸上自衛隊だけなのですよ。この野外入浴セットは災害派遣でも生活支援として活躍しているので、ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんね。
もちろん、隊員はいつも野外入浴セットで汗を流しているわけではありません。基地や駐屯地には隊員浴場という施設がございまして、そこでお風呂に入ります。夕方になると、営内(基地内の寮)に住んでいる隊員が、プラスチックの桶に洗面道具とタオルを持参して浴場へ向かうのです。浴場まで行くのが面倒だったり、先週お話ししたようにバスローブ姿にこだわりたいH3曹のような隊員は、営内のシャワールームで済ませたりもしますよ。
隊員浴場は、銭湯やホテルの大浴場をイメージしてもらえばいいでしょうか。まず脱衣所があって、さらに奥のドアを開けると大きな浴槽、出入り口のあたりに椅子が積んでありまして、壁際にはシャワーとカランのついた洗い場がずらりと並んでいます。当たり前ですが、もちろん男女別ですよ。女性は人数が少ないので、女性用の居住エリア内に小さめの浴場が付属していることが多いですね。
ある日の夕方。
一日の疲れを癒しに男性用の隊員浴場へ訪れた隊員たちは、ぎょっとする光景を目にすることになりました。
壁際に並んだ洗い場に長髪の女性が後ろ向きに座って、シャワーで体を流しているのです!
女性用の浴場が壊れたの? いやいや、だからといって一緒にお風呂に入ることはないでしょう! 手桶を持ったまま硬直している隊員たち。
体を流し終えた女性は、手慣れた仕草で髪をアップにまとめると、優雅に立ち上がって浴槽へ……ドキドキしながら凝視していた隊員たちは、拍子抜けしました。正面からみたその人には、女性的な特徴がなく、同じ男性だということがわかったからです。
でも、おかしいですよね? 隊員浴場を外部の人が利用することはできないので、入浴しているのも隊員だけのはず。この連載でも何度もお話ししていますが、自衛官には「品位を保つ義務」というものがございまして、自衛隊法第58条に「服装を常に端正に保たなければならない」と記されていて、細かい身なりについても服装容儀規則で定められています。もちろんロン毛は違反のはず! どうしてロン毛の男性が隊員浴場にいたのでしょうか。
実は、このロン毛の男性、元隊員の予備自衛官。退職後、美容師をしながら年に数日の招集訓練に参加していたのです。その日は訓練の最中だったのでした。
予備自衛官は、普段は民間人ですが、招集期間中は自衛官の身分になりますので、厳密にいえばロン毛はNG――のはずなのですが、そこはさすが美容師。ぱっと見ではわからないようにキレイにまとめ上げています。しかも、少々ふっくらとしているので、後ろから見ると女性隊員に見えてしまうのです。屋外では着帽しているので、気がつく人もなく、訓練担当の指揮官も「年に数日だけのことだしね」と、大目にみていたのでした。でも、さすがに浴場では隠せませんよね。
他の予備自衛官たちは当然、彼がロン毛男子であることを知っていますが、予備自衛官の訓練が行われるような基地は人数が多いので、すれ違う人がどこに所属している誰かなんてことは分かりません。浴場に偶然居合わせた隊員たちは、目にした光景の意味が分からないまま、不思議な気持ちを抱えたまま過ごすことになるのでした。
イラスト:モノ
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