※画像出典:三菱航空機
11月11日、三菱重工業の子会社である三菱航空機が開発を進めている国産ジェット旅客機「MRJ」が初飛行しました。
私は初飛行を名古屋空港で見ることができたのですが、離陸したMRJが航空自衛隊のT-4練習機(一緒に飛行して見守る役目)を従え、青空の彼方へと上昇していく姿を目の当たりにした時は、思わず涙が出てしまいました。
※画像出典:三菱航空機
今回の初飛行で機長を務めた三菱航空機のチーフテストパイロットである安村佳之氏は、航空自衛隊に採用されたF-15や、F-2の試作機XF-2といった三菱重工の手がけてきた多数の航空機に加え、エアバスA320など他社機も含めて33機種の操縦経験を持つベテランパイロット。その安村氏はフライト後の記者会見で、「MRJの安定性は、これまで操縦してきた航空機と比べても優れている」との感想を述べています。
初飛行の成功によって、いよいよ実用化へのカウントダウンに入ったMRJですが、むしろこれからは本当の勝負といえます。
MRJは短~中距離便で使用される70~90席クラスの、いわゆるリージョナルジェットと呼ばれるクラスの旅客機ですが、このクラスにはブラジルのエンブラエルが開発したERJ、カナダのボンバルディアが開発したCRJ、Su-27フランカーなどの戦闘機メーカーとしておなじみ、ロシアのスホーイが開発したスーパージェットなど数多くのライバルがひしめいています。
※ライバル機であるロシアのスホーイ・スーパージェット(著者撮影)
航空会社に採用してもらうためにはライバルにはない長所が必要となりますが、MRJは燃費の良さと窒素化合物などの有害物質の排出量の削減、騒音の低減といった環境性能でライバルに差をつけるという戦略で開発されています、MRJは従来の旅客機に比べてスマートなフォルムを持っており、その美しさに見とれた方もいるかと思いますが、このフォルムは飛行時の燃料消費量を少しでも抑えるため、空力性能を追求した結果によるものです。
MRJの環境性能を支えるもう1つの武器となるのが、PW1200Gギヤード・ターボファンエンジンです。F-35のエンジンであるF135など、数々のエンジンを手がけてきたプラット・アンド・ホイットニーが開発したこのエンジンは、同クラスのエンジンに比べて燃料消費量を15%低減できるだけでなく、騒音とNoX(窒素化合物)の排出量を50%低減できるとされています。
※MRJに高い環境性能をもたらすPW1200Gギヤード・ターボファン・エンジン(著者撮影)
私は今回の初飛行で、初めて運転状態のPW1200Gを見たのですが、騒音はたしかに同クラスのエンジンに比べて小さく、おかげで着陸の際にMRJが接近してきていることに気がつかず、着陸時の写真を撮影しそこねてしまいました。
※画像出典:三菱航空機
またMRJはライバル機よりも天井高を高くしているほか、バリアフリー設計を取り入れるなど居住性に関しても配慮がなされており、これもセールスポイントの1つとなっています。私はまだ実機の機内には入ったことはないのですが、パリ航空ショーなどに出展された客室の実物大モックアップを見る限りにおいては、以前乗ったERJやCRJに比べて、余裕があるように感じられました。
※2012年のファンボロー航空ショーで公開されたMRJの機内モックアップ(著者撮影)
MRJは現時点でANAとJAL(日本航空)を含む6社から、合計407機の受注を獲得しており、三菱航空機は2018年までに1,000機の受注獲得を目指しています。1,000機の受注は簡単ではありませんが、MRJの持つ長所が理解され、今後実績を重ねていけば、夢の数字ではないと私は思っています。
MRJの初飛行はメディアからの注目度が高く、初飛行の前後にはTVをはじめとするさまざまなメディアで取り上げられましたが、その扱い方は戦後日本が唯一開発した旅客機で、航空自衛隊と海上自衛隊にも採用されたYS-11や、三菱が開発した零式艦上戦闘機と関連付けるたものが多かったように感じられます。
※航空自衛隊で使用されているYS-11
もちろんYS-11や零式艦上戦闘機も、日本の航空機開発の伝統という意味ではMRJと無関係というわけではありませんが、実のところこの両機以上にMRJとの関係が深い航空機が存在します。
ちょっと意外かもしれませんが航空自衛隊のF-2戦闘機です。
※航空自衛隊のF-2戦闘機
MRJで使用されている約7割の部品は海外メーカーによって生産されたもので、その部品をいかにまとめあげて、コストを抑えながら性能の高い航空機を開発・生産するかが、現代の航空機メーカーのウデの見せ所。この技術はインテグレーションと呼ばれますが、三菱重工はロッキード・マーティンとF-2を共同開発したことで、インテグレーション技術を確立しています。
また、F-2の飛行制御プログラムは、アメリカ側がソフトウェアのプログラムの開示を拒否したため、三菱重工をはじめとする日本側の開発陣が、苦労を重ねながら独力で開発したもの。この経験もMRJの飛行制御プログラムの開発において大いに活用されたといわれています。
F-2で確立された複合材料の開発・生産も、MRJに大きな影響を与えています。
MRJクラスの機体に複合材料を用いると、かえって金属よりも重くなることが設計途中で判明したため、MRJへの複合材の使用は垂直尾翼など一部に留まっています。ただ、F-2で得られた複合材料の技術がアメリカ側から高く評価され、ボーイング787の主翼の製造といった確実な収益を上げられる仕事を得たことは、三菱重工がリスクの大きいMRJの開発に乗り出すことができた要因の1つとなったことは間違いありません。
F-2は元々、日本が独自に開発するはずの戦闘機でしたが、アメリカの圧力によって独自開発の道を閉ざされ、F-16をベースにロッキード・マーティンと共同開発することになった機体です。
※画像出典:三菱航空機
独自開発を断念させられたことは三菱重工にとって苦い経験だったかもしれませんが、その経験によって得た技術を最大限に活用したMRJが成功を収めることができれば、決してムダではなかったといえるのではないでしょうか。
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