前回ご紹介したアメリカの防衛産業メーカーの統合は、冷戦終結による受注減少が引き金となって起きましたが、ヨーロッパの防衛産業メーカーの統合は、それよりも前から始まっていました。
第二次世界大戦が終結した時、イギリスには
「ハリケーン」や「タイフーン」を開発したホーカー社
「スピットファイア」を開発したスーパーマリン社
イギリス最初のジェット戦闘機「ミーティア」を開発したグロスター社
といった戦闘機メーカーが乱立していました。
しかし大戦後のイギリスは巨額の戦費負担と植民地の独立により財政がひっ迫していた上、「ヴィクター」、「バルカン」、「ヴァリアント」という3種類の戦略爆撃機を開発するなど、ただでさえ乏しい国防予算を効率的に使っていません。
さらに生き残りを賭けて開発した世界初のジェット旅客機デ・ハヴィラント「コメット」も金属疲労による事故を起こし、その原因を究明している間にボーイング社やダグラス社のジェット旅客機に市場を奪われてしまい、イギリスの航空産業は短期間の内に衰退してしまいました。
デ・ハヴィラント コメット
この状況を打開するためイギリス政府はブリストル・エアプレーン社、イングリッシュ・エレクトリック社、ハンティング・エアクラフト社、スーパーマリン社を吸収したヴィッカース・アームストロング社を統合してBAC(British Aircraft company)を設立しました。
このBAC社はブラックバーン社やデ・ハヴィラント社などを吸収合併し、さらに「ハリアー」を開発したことで知られるホーカー社とシドレー社が合併して誕生した、ホーカー・シドレー社とも合併。
新たにBAe(British Aerospace)が誕生し、イギリスの航空機メーカーは1社体制に。設立当初のBAeは国有企業だったため、あまり生産性は高くありませんでしたが、サッチャー政権時代に民営化されて以降は業績が回復し、小銃や火砲などを手がけていたロイヤル・オードナンスなども買収しました。
さらに1999年にはイギリスの総合電機メーカーGEC(General Electric Company)傘下の防衛部門、マルコーニ社を買収して、社名をBAEシステムズに変更しました。
BAEシステムズの公式web
BAEシステムズはその後も企業買収により拡大を続け、イギリス最大の装甲車輌メーカーであるヴィッカース・オルビス社を買収したほか、アメリカの装甲車輌メーカーのユナイテッド・ディフェンス・インダストリーや、海上保安庁の巡視船にも搭載されている40mm機関砲のメーカーであるスウェーデンのボフォース社などの海外企業も次々に買収し、現在はイギリスというよりも世界的な航空防衛宇宙メーカーとなっています。
その後、BAEシステムズはイタリアのフィンメカニカ社、ドイツのDASA社、スペインのCASA社とともにユーロファイター社、フランスのマトラ社とミサイルの開発を行なうマトラ・BAeダイナミクス社を設立するなど、ヨーロッパ各国のメーカーとの合弁事業も積極的に進めています。
ちなみにBAEシステムズは航空自衛隊のF-4後継機として、ユーロファイター・タイフーンのセールスを担当していましたが、この時は日露戦争の日本海海戦で活躍した戦艦「三笠」が、BAEシステムズの前身の1つであるヴィッカース社によって開発され、現在は同社の施設となっているバロー・イン・ファーネスの造船所で建造されたことを強調し、日本との縁の深さをアピールしていました。
ユーロファイター・タイフーン
結局ユーロファイター・タイフーンは航空自衛隊に採用されませんでしたが、このアピールによってBAEシステムズの日本での知名度が上がったことは確かで、企業買収によって現在は同社の商品となっている水陸両用装甲車「AAV7」の陸上自衛隊への採用や、マトラ・BAeダイナミクス社とフランスのアエロスパシエル・ミサイル社、イタリアのアレニア・マルコーニ・システムズ社のミサイル部門の合併によって誕生したミサイルメーカー「MBDA」が三菱電機などと空対空ミサイルの共同研究を開始するなど、日本との縁は確実に深くなっているようです。
BAEシステムズと並ぶヨーロッパの巨大防衛産業メーカーとなっているのが、エアバス・グループです。
エアバスは元々、フランスのアエロスパシエルと西ドイツ(当時)のDASAがボーイングなどのアメリカ企業に対抗して旅客機を開発するために設立された企業ですが、後にエアバスの設立メンバーであるフランスのアエロスパシエル・マトラとドイツのDASA、エアバスに途中から参画したスペインのCASAが合併して誕生した企業「EADS」の子会社となっています。
エアバス社の公式web
EADSは2014年1月1日に、国際的に最も知名度があるエアバスの名を前面に押し出し、企業名をエアバス・グループに変更しています。フランスのアエロスパシエルとドイツのMBBのヘリコプター部門が合併して誕生したユーロコプターもEADSの傘下企業ですが、EADSの社名変更に伴い、ユーロコプターもエアバス・ヘリコプターズに社名を変更しています。
また、EADSで防衛全般を手がけていた部門は、A400M輸送機などの開発・製造を手がけていたエアバス・ミリタリーなどを吸収し、エアバス・ディフェンス・アンド・スペースという名称の企業として再編され、エアバス・グループの傘下企業となっています。
エアバス・グループもBAEシステムズと同様、ユーロファイター社やMBDA社などの経営に参画しているほか、「ラファール」や「ミラージュ」などの戦闘機の開発・製造で知られるフランスの航空機メーカー、ダッソー・アビアシオン社や欧州宇宙機関が開発した「アリアン」ロケットの打ち上げを担当するアリアン・スペース社の大株主としても、存在感を発揮しています。
イタリアも防衛産業メーカーの統合を早い段階から進めており、MB346練習機などの製造を手がけるアレニア・アエルマッキ社や、イタリアのアグスタ社とイギリスのウェストランド社のヘリコプター部門が合併して誕生したアグスタウェストランド社、海上自衛隊の護衛艦に搭載されている76mm速射砲のメーカーであるオート・メラーラ社などが、1948年に設立されたフィンメカニカ社の傘下となっています。
フィンメカニカ社は機械産業メーカー全般の株式を保有している持株会社で、かつては自動車メーカーの株式も保有していました。また最近まで鉄道車輌メーカーのアンサルドSTS社とアンサルドブレダ社も傘下に収めていましたが、両社は2015年に日立製作所に売却されています。
小型ながら高い能力を持ち、輸出も好調な「グリペン」や、陸上自衛隊に84mm無反動砲として採用されている対戦車兵器「カール・グスタフ」などを製造しているサーブ社も、ヨーロッパでは有力な防衛産業メーカーの1つです。
サーブJAS39グリペン
サーブ社はかつて自動車製造部門のサーブ・オートモービル社を保有していましたが、現在存在している自動車メーカーのサーブ・オートモービル社は、サーブ社本体から売却された後に破綻したサーブ・オートモービル社を、日本と中国の投資会社が買収して再建した企業で、現在のサーブ社とは資本関係がありません。
ヨーロッパの防衛産業メーカーの統合は、航空機やミサイル、火砲などの分野を中心に進められてきたため、戦車などの開発・製造を手がける車輌メーカーには独立系の企業が少なからず存在しています。
ただ、ここへ来てレオパルト2戦車などの開発・製造を手がけるドイツのクラウス・マッファイ・ヴェクマン社と、ルクレール戦車などの開発・製造を手がけるフランスのネクスター・システムズが経営統合を発表したことで、車輌メーカーの統合、さらにはBAEシステムズやエアバス・グループなども巻き込んだ、新たな業界再編が起こる可能性も十分に考えられます。
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