先週末の8月23日、静岡県御殿場市の東富士演習場で陸上自衛隊の「総合火力演習」が行われました。
総合火力演習の最大の見せ場といえば、やはり戦車の主砲やりゅう弾砲などの射撃ですが、ヘリコプターによる機動展開も近年では欠かせない見せ場の1つになっています。
今回の総合火力演習にも参加したヘリコプターの1つ「UH-60」は、アメリカのシコルスキー社が開発した機体ですが、このシコルスキー社はアメリカのロッキード・マーティン社に買収されることが明らかになっています。
今のところロッキード・マーティン社はブランドとして確立されている「シコルスキー」の名前を変える計画はないとのことですが、冷戦終結後のアメリカの防衛産業では合併や企業買収によって「社名が変わったり」「社名が消滅した」ケースも少なくありません。
シコルスキー社を買収したロッキード・マーティン社も、海上自衛隊のP-3C哨戒機や航空自衛隊がかつて運用していたF-104J/DJ戦闘機などを開発した航空機メーカーのロッキード社と、タイタン宇宙ロケットの開発・製造などを手がけていたマーティン・マリエッタ社が1995年に合併した企業。
そのマーティン・マリエッタ社も、B-26爆撃機などを開発・製造したマーティン社と、アメリカンマリエッタ社の合併により生まれています。
名目上の対等合併の場合、ロッキード・マーティン社のように合併した企業名を連結した新会社が設立されるというケースは少なくありません。
最近続編の製作が話題となっている映画『トップガン』に登場したF-14戦闘機などを開発したグラマン社と、新谷かおる氏の漫画『エリア88』に登場したF-20タイガーシャーク戦闘機などを開発したノースロップ社が合併して誕生したノースロップ・グラマン社もそうです。
日本では異様に人気が高いアメリカ空軍のF-20(画像はUSAFのwebより)
F-22やF-35、F-16といった戦闘機の開発・製造を手がけているロッキード・マーティン社と異なり、現在のノースロップ・グラマン社は現時点で戦闘機の開発・製造を行なっていませんが、F-35に驚異的な情報収集能力をもたらす電子光学分散開口システム「EO DAS」の開発や、F-35の中央胴体の製造を手がけるなど、戦闘機との縁が切れてしまったわけではないのです。
現在のノースロップ・グラマン社は、自衛隊にも導入されるRQ-4「グローバルホーク」や、アメリカ海軍の艦載無人偵察/攻撃機の技術実証機であるX-47Bといった、ドローン(無人航空機)の分野で世界をリードしています。
無人機RQ-4(画像はUSAFのwebより)
また、有人軍用機の開発に関してもアメリカ空軍の次世代爆撃機など、ノースロップ社が得意としていたステルス技術を活かせるものに関しては提案を行なっており、完全に手を引いたわけではないようです。
ロッキード・マーティンとノースロップ・グラマンの場合は合併後も伝統ある社名の一部が残されていますが、合併により社名が失われてしまった企業もあります。
航空自衛隊が運用するF-15J/DJ戦闘機や、F-4EJ改ファントムⅡ戦闘機の原型機を開発したマクドネル・ダグラス社は、1998年のボーイング社との合併により社名が消滅しています。
マクドネル・ダグラス社はDC-10などの旅客機の開発・製造も手がけていましたが、ボーイング社はマクドネル・ダグラス社が開発した旅客機については、MD-95を除いて継承していません。
その反面軍用機に関しては、F-15とF/A-18戦闘機、C-17A輸送機、陸上自衛隊にも導入されたAH-64D攻撃ヘリコプターなど、マクドネル・ダグラス社の遺産を積極的に継承し、これらは現在のボーイング社の経営を支える主力商品の1つです。
こうしてマクドネル・ダグラスの社名は消滅したわけですが、ボーイングが自社製品にしなかったマクドネル・ダグラス社のヘリコプターは、MDヘリコプターズという新会社で開発・製造が続けられています。MDヘリコプターズの「MD」には、マクドネル・ダグラス(McDonnell Douglas )を継承するという意味合いも込められているようです。
ボーイング社はマクドネル・ダグラス社以外にも、航空自衛隊の黎明期を支えたF-86F戦闘機などを開発したノースアメリカン社なども買収しています。
ボーイング社に買収された企業の多くは社名が消滅していますが、ボーイングは株式の等価交換という形の企業買収が多く、買収された企業で株式を保有していた幹部はボーイング社の大株主となるため、買収後にボーイングに入社した幹部の発言権は、決して小さいものではないようです。
なお、ロッキード・マーティン社の主力商品であるF-16戦闘機は、元々ジェネラル・ダイナミクス社が開発した機体。ジェネラル・ダイナミクス社は軍用機部門をロッキード・マーティン社(売却当時はロッキード社)に売却したため、現在もジェネラル・ダイナミクス社は、大手防衛企業として存在し続けています。
ジェネラル・ダイナミクス社は元々造船に強い会社で、現在もアメリカ海軍のバージニア級原子力潜水艦などの軍艦の建造を行なっています。
また軍用機部門の売却によって得た資金により、大手自動車メーカーのクライスラー社とジェネラル・モータース社から軍用車輌部門を買収したことで、M1エイブラムス戦車などの装甲車輌が商品となっています。
アメリカの防衛産業の合併や買収は、冷戦終結による軍縮の影響によるものが多いのですが、ヨーロッパでは冷戦期から合併や買収によって企業体力を大きくすることで生き残りを図ってきました。
次回はヨーロッパの防衛産業メーカーの変遷を紹介したいと思います。
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