腹が減っては、戦――どころか、な~んにもできませんよね。
今回は、自衛官の胃袋問題に迫ります。
それぞれの所属する基地で勤務する自衛官は、課業時間中は柵の外に出られません。「今日のお昼はどこに行こうかな?」なんてこととは全く縁がないんですよ。基地のすぐ近くに「絶品ランチ」のお店があったとしても、休日に外出したときにしか行けないんです。
基地外に住んでいて、通勤している営外居住の隊員は、お弁当を頼んだり、基地内にある売店や喫茶店に行ったりすることもできますが、住所が基地そのものである営内居住者は、「中メシ(ナカメシ)」と呼ばれる隊員食堂で食事するのが基本。
毎日何を食べるか、選択の余地が全くない営内居住者は、その日の献立を熟知しています。なんたって、飲み会の日時を決めるときに、魅力的な夕食の日とかぶらないように、献立表をチェックするくらいですから。
「あの基地のメシがうまい」「あの基地は、最近栄養士が変わってちょっと落ちた」なんていう中メシネタは、隊員共通の話題です。
海上、航空には、『給養』という、調理が専門の職種がありますが、陸上自衛隊にはありません。かつては、持ち回りで食事の当番があったそうなのですが、最近の陸自はアウトソーシング化が進んでいて、食堂の業務が民間業者に委託されるようになってきています。
他にも、基地内の売店がコンビニになったり、課業時間外にお酒が飲める「隊員クラブ」に、大手チェーン店が入ったりしているんですよ。
陸上自衛隊のとある駐屯地の隊員食堂も、アウトソーシング化で民間業者に委託されることになりました。
その記念すべき第一日目の昼食時――。
隊員食堂に入った隊員は全員、かつてない違和感でうろたえていました。皆、顔を見合わせてはザワザワしています。食欲をなくしてしまったのか、箸が進まなくなる隊員も。
ごはんがマズいわけではありません。内容も「豚のしょうが焼き、お味噌汁、ツナサラダ、小松菜の白和えに牛乳、カットフルーツ」と、いたって通常の献立。それも、初日なのでちょっと豪華なくらいです。
何があったのでしょうか? 実は、隊員の違和感は食事の内容ではなく、隊員食堂に入った瞬間から始まっていました。
なぜかというと――働いている委託業者の従業員が皆、「いらっしゃいませ!」と声をかけてきたからなのです。
体が資本の自衛官は、喫食だって業務の一環。特に、営内居住者にとっては、食事は現物支給される給与のようなものです。そこで、お金を払っているわけでもないのに、レストランのように「いらっしゃいませ」と言われてしまうと、どうも調子が狂っちゃうんですね。
食堂にある『ご意見箱』は、すぐさま「気持ちが悪い」「なんか違う」との苦情でいっぱいに! そんな、食事の内容以外の反応が来るとは予想もしていなかった業者さんは大慌て。ほどなくして、「いらっしゃいませ」はなくなり、かわりに「ご苦労様です」と声をかけられることになったとか。
隊員食堂での食事は、プライベートのお楽しみではなくて、任務の一環であり義務なんです。自分が任務中だという自覚が染み付いているから、みんな、「いらっしゃいませ」の言葉を生理的に受けつけられなかったんでしょうね。
自衛隊の食事といえば「金曜カレー」も有名ですよね。このカレーについても、意外な事実があったりするんですよ。それはまた、別の機会でのお楽しみ。
イラスト:モノ
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