【連載】もと女性自衛官アヤベの「ここだけの話」その4~限りなく素直すぎるネイビー

海の雄、海上自衛隊。
みなさまご想像のとおり、ここではもちろん、水泳の訓練があります。でも、海上自衛隊に入隊したとはいえ、全員が最初から――そして最後まで――泳げるとは限らないんですよ。

海上自衛隊に入隊したばかりのT君は、良くも悪くもまっすぐな性格。
どれくらいまっすぐかというと、「ちょっと待ってろ」と言われたら、日が暮れるまでその場で待っているというくらい、まっすぐ。

じつは、高校卒業後にT君が就職したのは、ブラック系飲食企業。非人道的な扱いを受けてほとんど家にも帰ってきません。たまに帰れば、もともと細身の体がさらに棒のようになってフラフラ。どうやら、その素直すぎる性格をいいことに、こき使われていたのです。

それにもかかわらず、けなげにお勤めしてるT君の姿を見て、「このままでは息子が死んでしまう!」と、心配したご両親、涙ながらに退職を勧め、年末のボーナスを待たずに息子を救い出しました。

お正月。いきさつを聞いた海上自衛官の叔父に「お前の性格は、自衛隊が向いているかもしれないぞ」と、冗談半分で勧められたT君、「わかりました」とこれまた素直に受験し、1年後、候補生として入隊しました。

初めての水泳の訓練でのこと――。

「泳げないやつは挙手!」
助教の号令に、プールサイドに整列した候補生80人のうち、20人近くの手が上がります。「25メートル以下は泳げるとは判断しないぞ!」と続けると、その手がパラパラと増えて、「自称」泳げる隊員はほぼ半数の40人ほどになりました。挙手しなかったT君は、泳げるグループにいます。

泳げる隊員と泳げない隊員を分けて訓練が始まりました。海上自衛隊のプールは潜水士の訓練も行われるため、50メートルプールの途中からしだいに深くなり、最深部は4メートル近く。泳げない隊員はビート板を持たされ、浅いほうで初心者用の手ほどきを受け、泳げる隊員は深いほうから順に飛び込み、それぞれの泳力で泳ぎはじめていきます。

T君の順番がきました。マッチ棒のような細いからだがドボンと水面に突き刺さると――なんと、そのまま4メートル下のプールの底まで垂直落下。そして、進みもしなければ浮いてもこない!

「こいつ、泳げないじゃん!」助教2人が慌てて救助に飛び込みます。引き上げられたT君は、鼻から大量に水を吸っていたらしく、プールサイドを鼻血で真っ赤に染めました
「泳げると言っておきながらほとんど泳げないやつが、毎年1人か2人はいるもんだが、まさか、息を止めることも浮くことも出来ないやつが混じっているとは思わなかった」と当時の助教は語ります。

素直で正直なのがとりえのT君、どうして嘘をついたのでしょうか? それには、わけがあったのです。

入隊直後のこと。
候補生の教育を担当する班長に「お前ら、これから『できません』は言うんじゃないぞ。『できるようになる』んだからな! とハッパをかけられたT君は、いつものように、その言葉を素直に受け止めてしまったんです。

「『できません』は言うな」と言われたT君、「『泳げません』も言っちゃダメだ」と、班長の言葉を忠実に守っていたのでした。

ここで、班長はまた、彼を惑わせることを言ってしまうのです。

「水中では『まず』、息を止めてくれよ」と言われたT君は、鼻血をぬぐいながらかすれた声で「ハイ、わかりました」と素直に返事をしました。

T君はその後、隊員浴場で湯船に顔をつけている姿を頻繁に目撃されることになります。

「お前、何やってるの?」
居合わせた同期のS君がが訝しがって聞くと、T君は「オレ、泳げないから、『まず』、息を止める練習してるの」ときっぱり。

そのひたむきな眼差しに「こいつ、まじめなヤツだなぁ」と、一瞬納得したS君ですが、しばらくして根本的な間違いに気がつきました。

「おい、息を止める練習じゃなくて、泳ぐ練習をしろよ! それも、風呂じゃなくてプールで!」S君が振り返ってそう怒鳴ったとき、Tくんは再び湯船の中――。

そんな素直なT君、「空気は読めなくていいけど、窒息死だけはしてくれるな」と、洋上に出ることのない陸上勤務、それも、規則が厳格な会計関係の職種が向いているだろうと判断されて、教育隊卒業後は陸の上でそのまっすぐな能力を発揮しています。

そして、水泳や武道よりも長距離走の素質がありそうだということを見抜いた上司に、駆け足の強化選手になることを勧められ、元気に訓練しているとのこと。

自衛隊は、一度入隊したら、みんな仲間。
ちょっと素直すぎるところはあるけれど、もともとの性格がいいTくん。せっかく仲間になったんだから、なんとか、いいところをみつけて伸ばしてあげたいという上司や先輩に恵まれたんですね。自衛隊の厳しい訓練は、体力や精神力を養うだけではありません。適材適所を判断するためにも重要な役割があるのです。

※正確には、海上自衛隊はNavyではなくJapan Maritime Self Defense Forceです。

イラスト:モノ

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綾部綾

長崎出身、名古屋市在住、元航空自衛官。
ライター&プランナー。
料理と宴会幹事が趣味で、サバゲでは主に弁当、炊事、打ち上げ等の後方支援を担当。

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